コンパスは羅針盤とも呼ばれ、中国で発明されたことはよく知られています。11世紀には既に磁針が北を指すことが記されているのですから、当時の中国の科学水準は推して知るべしというものです。中国は元の時代に海のシルクロードを活用したことから、インドやアラビア、ヨーロッパに羅針盤技術を広めました。ただコンパスのみでは航海に資することはありません。方位が分かっても自分が地図上のどこにいるのかを知り得なければ意味がないからです。そこで正確な地図を作る必要があるわけですが、この地図作成にもコンパスは十分有用です。

ところで前述したように中世ヨーロッパの中心部は平和でしたが、周辺部は常に外敵を意識していました。ヨーロッパのようにギリシア・ヘレニズム文化を捨てなかったイスラム諸国やアジア諸国は文化・科学水準が高く、いつヨーロッパを軍事的に制圧してもおかしくない力関係だったのです。実際8世紀にはイベリア半島がイスラムに征服されています。もちろんヨーロッパ人もただ怯えるだけではなく、十字軍を編成して立ち向かいました。いえ、迎え撃つというよりも、聖地エルサレムを奪還せんとして、遠征したのです。結局失敗に終わりましたが、イスラムとの交流が進んだことでジェノバやベネチアといった交易都市が繁栄し、宗教の力が陰り始めました。また教皇の権威が失墜したことで、封建社会そのものも揺らぎ始めました。

中世末期にはプレスター・ジョン伝説が広まりました。アジアに豊かなキリスト教国があるのだという根も葉もない話でしたが、イスラムの侵略に手を焼くヨーロッパは藁にも縋る思いでアジアに使者を派遣しました。当時の地図にも現在のエチオピアに当たるところに「夢の国」が描かれています。