ローマ帝国の将軍アグリッパは当時のアウグストゥスの命によって、20年にも及ぶ測量を行い、帝国全体を俯瞰できる地図を作成しました。それがポイティンガー図です。ローマを中心とする道路網を描くのはもちろんのこと、都市、宿場、各種目印が隅々まで書き入れられました。イラストも多用され、森林等も写されています。地図の形状が大変ユニークで、長さが7メートルにもかかわらず幅は30センチという、巻物の形を成しています。携帯性を重視した結果ですが、当然ながら正確な形状、方位は期待できませんでした。しかしながらそれで事足りたのです。現代の鉄道路線図にあたるものでしたから、縦横無尽に走る道路の接続関係さえ分かれば、地図の役目は果たされました。

ところで地図はヨーロッパのみで作成されたわけではありません。中国でも古代より地図作成が試みられました。驚くべきことに、紀元前11世紀の殷の時代には既に天文学らしきものが考案されており、地図も描かれました。残念ながら当時の地図は残されていないのですが、中国で紙が用いられたのは2世紀以降のことなので、それ以前は絹が使用されたと考えられています。

ローマ帝国と同様、中国でも領土が拡大した頃から地図の需要が高まりました。漢の時代に地理学は発展し、張衡は方格図を発明しました。格子状に縦横線を書き入れるものですが、中国でも世界が球形であることを知る者はなく、投影法は考慮されませんでした。とはいえ分率、準望、道里等の地図作製法を生み出し、アジアでは先陣を切って、より正確な地図を作ろうとしました。唐の時代には海内華夷図が作成され、朝鮮半島やベトナムまで含めた詳細な距離と方位が刻まれました。