十字軍の遠征が盛んになると、必然的にイスラム世界の文物が流入しました。その中には香辛料や織物に加え、イスラムの進んだ科学も含まれていました。キリスト教が遠ざけていたギリシア由来の科学的精神が息を吹き返したのです。地図作成に与えた影響も計り知れず、海図が必要な時代に地図作成技術は大いに進歩しました。ベネチアやジェノバといった海港都市では往来する旅人から情報を取り入れ、海図が大量に作られました。それらの中核を担ったのがポルトラノと呼ばれる海図で、地中海周辺の海岸線の形状が精緻に書き入れられました。まだその時点では科学的な正確さに欠けていましたが、航海する者の命がかかっていることもあり、丹念に作成されたことで実用に足るものだったのです。

ポルトラノ海図は航海の要衝から放射状に伸びる方位線を特徴とします。方位線を組み合わせたものに沿って航海することで、目的地にたどり着けるように工夫されていました。コンパスが普及したことも手伝い、方位線と船の方位とを合わせることができたのです。描かれる地理的範囲も拡大し、14世紀にはスカンジナビア半島、カナリア諸島、インド、ギニアまで含まれました。中でもバルセロナでクレスケスによって作成されたカタロニア図は秀逸で、中国各地の都市はもちろんのこと、果てはサハラに至るまで世界中の情報が書き込まれました。これらの情報源はマルコ・ポーロの「東方見聞録」やユダヤ商人の口伝えに負っているところが大きいと言われています。また大航海時代を迎える前の地図作成発展にはコンパスの影響もありました。14世紀にビボットが発明されてからはコンパスも広く普及するようになりました。